• Artists: Motoyuki Shitamichi

  • Taro Yasuno

  • Toshiaki Ishikura

  • Fuminori Nousaku

  • Curator: Hiroyuki Hattori

ステイトメント

協働の共振や不協和の折り重なりから、
共存のエコロジーを問う

プロジェクト「宇宙の卵」は、美術家、作曲家、人類学者、建築家という分野の異なる4名の表現者を中心とした協働から成る。それは、私たちがどのような場所で、どのように生きることができるのかを思考し、人間と非人間が共存するエコロジーを想像するためのプラットフォームを築く試みである。そして、異質な表現の混交と共存を模索する芸術実践からなる展覧会を、共存のエコロジーについて思考を巡らす場へとひらきたいと考えている。
 日本列島は自然災害の多発地帯で、2011年の東日本大震災では大津波による原発の大破という、近代化の歪みを経験した。21世紀に入り、人間活動の爆発的な増大がもたらす新たな地質時代「人新世」の到来に関する議論は活発化しているが、依然としてグローバルな企業活動に象徴される資本主義が地球を覆っている。このなかで、地球という惑星の薄皮程度の地表面に暮らす人間が、地球環境に甚大な影響を与えていることを、いかに考えるべきだろうか。

本プロジェクトは、美術家・下道基行が沖縄の宮古列島や八重山諸島で出会い、数年来撮影を重ねてきた《津波石》を起点とする。「津波石」とは、津波によって海底から地上へと動かされた巨石である。人々の生活のすぐ傍にありながら、植物が繁茂したり、渡り鳥のコロニーになったり、そのものが人間と非人間が共存するエコロジーのプラットフォームと言える。
 作曲家・安野太郎の、人間の呼吸不在でリコーダーを自動演奏させる《ゾンビ音楽》は、鳥のさえずりのようにも聞こえる音楽である。これを発展させた《COMPOSITION FOR COSMO-EGGS “Singing Bird Generator”》は、日本館のピロティから展示室まで突き抜ける巨大なバルーンが、リコーダーへ空気を供給する肺の機能を果たすことで、生成される。その音楽は、《津波石》の映像とともに会場空間を満たす。 「宇宙の卵」というタイトルは、世界各地に伝わる卵生神話に由来する。石も卵も、球体という循環や周期を比喩的に表す形状をもち、卵の脆さは生成と破壊の両義的な関係を示している。神話研究を専門とする人類学者・石倉敏明は、沖縄や台湾を中心にアジア各地に伝わる津波神話を参照し、人間と非人間の関係を再考する新たな神話を創作した。
 展覧会の会場となる吉阪隆正設計の日本館は、正方形平面の中央の屋根に天窓、床に穴が穿たれている。その周囲には4本の柱が螺旋状に配されており、ル・コルビュジエが提起した「無限成長美術館」を想起させる。建築家・能作文徳は、この建築を読み解いたうえで、異分野の作品群を繋ぐとともに、それらと建築空間との応答関係を築き、統合的な空間体験へとひらいた。
 《津波石》の映像は1点ずつ独自の時間でループし、《COMPOSITION FOR COSMO-EGGS “Singing Bird Generator”》は自動生成により常に変化する。複数の場所に多様な共存の物語が刻まれるこの空間では、同じ瞬間が再び訪れることはなく、観客は自身の身体を通じて、映像・音楽・言葉が新たな出会いを重ねる瞬間の連続を体験する。映像と音楽が驚くほど共鳴する刹那に出会うこともあれば、空間全体が共振するような時間もあるだろう。逆に、すべてが不協和音を奏でるように、個がせめぎあう瞬間に遭遇することもあるはずだ。調和や融合のみではなく、ときに激しい衝突にも見舞われる。

「津波石」が共生・共存のエコロジーそのものであるように、異なった能力をもつ表現者による異質な創作物は、異質なまま重なりあう。本展は、このような、単純な共鳴や共振にはとどまらない生成変化を続ける場をひらく「協働」を通じて、本質的な共生・共存のエコロジーを問うものである。


服部浩之

Installation view
photo: ArchiBIMIng

創作神話

宇宙の卵

太古の昔、太陽と月が地球に降りて一つの卵を産み落とした。蛇がやってきてその卵を飲み込んでしまったため、太陽と月は再び地に降りて三つの卵を産み、それぞれ土と石と竹の中に隠した。卵は無事に孵って、三つの島々の祖先が生まれた。彼らは成長するとそれぞれ小舟を作り、東の島、西の島、北の島に移り住んだ。三つの部族は互いに舟で行き来し、争うこともあったが、疫病や凶作を乗り越えて長いあいだ共存した。それぞれの島に、異なる言語、音楽、しきたり、祭りが伝えられた。土の部族は虫と、石の部族は蛇と、竹の部族は鳥と会話する能力を持っていた。

ある時、土の島の男が川の中で石を動かして、鯰を捕まえた。すると、大地がはげしく震動し、熱い温泉と煮えたぎる溶岩が噴き出して島全体を覆った。島のすべての男たちが死に絶えたが、洞窟の窪みに逃れた女が生き残り、海の魚と交わって人魚が生まれた。人魚は魚たちに人の言葉を教えた。亀と蟹だけが沈黙を守ったが、他の魚たちは海の中で大騒ぎした。眠りを妨げられた鮫たちは、うるさい魚たちを丸ごと飲み込んでしまった。鮫の腹の中の魚は溶けて、海藻になった。人魚と幾つかの魚たちは鮫から逃げて、世界中の海をさまよった。クジラはみずからの庇護を求める魚たちを助ける代わりに、彼らの言葉を再び取り上げて静かにさせた。だが、クジラの髭の中に隠れた魚たちは、人間の言葉を覚えていた。

石の島では、ある若者が眠っている時、白鳥の群れが飛来して幾つもの大岩を空から畑に落としてゆく夢を見た。翌朝、彼は磯で人間の言葉をしゃべる魚を釣り上げた。この魚は、自分を食べないでほしいと懇願したので、若者は海に還そうとした。ところがそれを見た父親は、彼から珍しい魚を取り上げて、見せしめに食べようとした。魚が助けを求めると、海の彼方からとてつもなく大きな津波が押し寄せた。津波は白鳥が翼を広げるように襲いかかり、島のすべての生物が大波に飲み込まれた。陸地には珊瑚に覆われた岩が残され、溺れた生物はヤドカリになった。若者は妹を連れて島のいちばん高い山に逃れ、石にしがみついてかろうじて生き残った。残された兄妹は飢餓を乗り越え、交わって新たな子孫を残した。

竹の島では、ある時巨大な海蛇が海底の穴を塞ぎ、海水が溢れて洪水になった。海に飲み込まれたものたちの群れは珊瑚礁になった。そのうち海底から大蟹が現れて鋏で海蛇を切り刻むと、ようやく海水が引き始めた。薪を集めにきていた一人の娘が、高台の森に逃れて生き残った。ある朝、娘が竹の器で雨水を汲んでいると、どこからか赤い鳥がきて彼女の目の前の木に止まり、陽光に包まれて飛び去った。それから娘が川のほとりで小便をすると、十二個の卵が次々と産み落とされた。彼女は津波で運ばれた北の大岩の下に卵を隠し、草や葉で覆った。数日後、娘が岩の下を覗くと、卵から孵った十二人の子供たちが遊んでいた。子供たちは十二の方角に散らばっていった。春になると、それぞれの方角から渡り鳥が集い、大岩の上に憩うようになった。

  • Motoyuki Shitamichi, Tsunami Boulder, 2015- Courtesy of the artist

プロフィール

下道基行(したみち・もとゆき)

美術家

1978年、岡山県生まれ。2001年、武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒。
2015年、豊田市美術館ライブラリーにて、また2016年には黒部市美術館にて個展を開催。「光州ビエンナーレ2012」(韓国)、「Asian Art Biennial 2013」(台湾)、「あいちトリエンナーレ2013」、「岡山芸術交流2016」、「ESCAPE from the SEA」(マレーシア、2017)などグループ展への参加多数。光州ビエンナーレ2012ではNOON芸術賞(新人賞)を、2015年、さがみはら写真新人奨励賞を受賞。
http://m-shitamichi.com/

安野太郎(やすの・たろう)

作曲家

1979年、東京都生まれ。2002年、東京音楽大学作曲専攻卒。2004年、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)修了。
2008年-2010年、東京藝術大学音楽環境創造科教育研究助手。現在、日本大学芸術学部、東京造形大学非常勤講師。
2014年「死の舞踏」(京都芸術センター)、2017年「『大霊廟 II』-デッドパフォーマンス」(BankART)にて個展・ソロコンサートを開催。2015年「TOKYO STORY」(トーキョーワンダーサイト)、「ゾンビオペラ『死の舞踏』」(Festival/Tokyo15)、2016年「Our Masters 土方巽/異言」(Asia Culture Center、韓国)、2017年「Radio Azja」(Teatr Powszechny、ポーランド)などグループ展・フェスティバルへ多数参加。2013年第7回JFC作曲賞第1位、2017年清流の国ぎふ芸術祭Art Award In the CUBE 2017高橋源一郎賞、2018年KDCC2018奨励賞を受賞。
http://www.taro.poino.net/

石倉敏明(いしくら・としあき)

人類学者

1974年、東京都生まれ。2010年、中央大学総合政策研究科博士後期課程単位取得後退学。
2009年-2011年、多摩美術大学芸術人類学研究所助手。2011年より、明治大学野生の科学研究所研究員、2013年-2016年、秋田公立美術大学美術学部専任講師。2017年より、秋田公立美術大学美術学部准教授。
共著に、『野生めぐり:列島神話の源流に触れる12の旅』田附勝写真(淡交社、2015)、『Lexicon 現代人類学』奥野克己共編(以文社、2018)など多数。

能作文徳(のうさく・ふみのり)

建築家

1982年、富山県生まれ。2012年、東京工業大学大学院建築学専攻博士課程修了(工学)。
2008年、Njiric+Architekti(クロアチア)。2010年より、能作文徳建築設計事務所。2012年-2018年、東京工業大学建築学系助教。2018年より、東京電機大学未来科学部建築学科准教授。
主な作品に、「高岡のゲストハウス」(2016)、「Bamboo Theater」(フィリピン、2017)、「西大井のあな 都市のワイルド・エコロジー」(2017-)など多数。また、2013年SDレビュー2013鹿島賞、2016年第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示特別表彰、2017年SDレビュー2017入選、など多数受賞。
http://fuminori-nousaku.site/

服部浩之(はっとり・ひろゆき)

キュレーター

1978年、愛知県生まれ。2006年、早稲田大学大学院修了(建築学)。
2009年-2016年、青森公立大学国際芸術センター青森[ACAC]学芸員。2017年より、秋田公立美術大学大学院准教授。
アジアを中心に展覧会、リサーチ、プロジェクトなどを展開し、芸術と公共空間の関係を探求している。近年の企画に、「MEDIA/ART KITCHEN」(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、日本(青森)、2013−2014)、「あいちトリエンナーレ2016」、「ESCAPE from the SEA」(マレーシア、2017)、「近くへの遠回り」(キューバ、2018)など多数。

photo: Nozomi Takahashi